介護経験3年の男が老健を辞めた理由




誰もが、今の施設を辞めたいと考えた事があると思います。

私も辞めたいと思うようになってから2年程考えて他の施設に転職しました。今回の転職は自分にとっては正解だったと思っています。

現在、今の施設を続けるか、転職するかを考えている方へ少しでも参考にしてほしいので、

以前載せた「私が前の施設を辞めようと思った理由」の3部作を1つにまとめたのでお時間のある方はご覧下さい。

喫煙所でのコミュニケーション

喫煙所での一コマ

一般職員Aさん
2階のDさんが、4月から他のフロアに移動になるらしいよ
一般職員Bさん
え?そうなんですか?誰から聞いたんですか?
一般職員Aさん
この前、C主任がここで話していたのを聞いたんだ。Dさん、今のフロアの利用者からクレームがあったから移動するんだって
一般職員Bさん
Dさんって挨拶も声小さいし、何か暗いですよね。私のいるフロアじゃなくて良かったです

実際は、もっとキツイ会話が喫煙所では繰り広げられています(笑)

介護施設は小さい職場ですから様々情報が行き来します。ただ、フロア移動といた人事情報が外へ漏れるのはおかしいですよね。

そして、情報を流したのが介護部門における長の介護主任という事もありえません。

これらの事から、様々な情報の流出場所が喫煙所であると御理解頂けたかと思います。

ある意味、喫煙所での情報伝達は完璧です(笑)

この喫煙所の恐怖を知ったのは入社して4ヵ月経った頃でした。

体育会系な介護主任

前の施設では、頑張っている職員が評価されていました。”良い施設じゃん”と思うかもしれませんが、頑張っていると思われる為には下記の事を行い続けなければなりません。

それは、サービス残業です。

サービス残業=施設に貢献している評価される(頑張っている)

定時で帰る=仕事をしていない評価されない(頑張ってない)

入居者様への対応が悪くても、サービス残業をしている職員はそれだけで評価されるシステムです。

私は新人だからこそ、色々な経験を積みたいと思っていたので、どんな仕事でも引き受けていました。

当然、定時に終わらないので当たり前の残業を行っていました。その為か、介護長からの評価は今思うと高かったです。しかし、経験を積むという目的が無かったら嫌になるシステムだなと思っていました。

私の上司であった、フロアリーダーAさんは、入居者様への対応はもちろん、現場職員の教育もしてくれる方でした。しかし、そのAさんは、仕事が終わる(定時)と帰る方でした。(当たり前なことですが・・・)

もちろん、仕事のやり残し等はありません。

しかし、介護主任はあいつは仕事をしないと喫煙所で言いふらしていました。他のフロアリーダーは業務が終わってから介護主任と仕事以外の話も含めてずっと一緒にいるのでなぜか評価をされていました。つまり、サービス残業も評価の対象ですが、結局介護主任と仲良くすれば良いという事です。

介護主任に気に入られている人とそうではない職員とでの差がかなりあります。

別に気に入られなくてもいいじゃない?自分がしっかりしていれば!!と考える方もいると思います。

もちろん、その考えは正しいです。しかし、私がその境地(考え)に至ったのは、介護士、社会人としてある程度の経験を積んだ後のことです。私より経験が豊富な人でも、人の反応を気にしすぎている方もいます。

私も駄目な職員になっていた

私は元々タバコを吸わないので、喫煙所グループには属しませんでしたが休憩時間や業務中に、施設への愚痴を言いまくる職員になっていました。(就職して1年が終わろうとしていた時だったと思います。)

休憩時間ならまだしも、業務中に仲の良い職員と愚痴を言い合っているのは駄目ですよね?

入居者様がいる前で施設の不満や愚痴を話していた自分を思い出すとそれだけで嫌になります。

誰に向けて謝っていいかわかりませんが、本当にすみませんでした。。

これまでの内容は就職して(社会人として)1年間の中で起きた出来事でした。

元々、介護の仕事に就くために専門学校に通ったので、すぐに会社を辞めるという選択肢は私にはありませんでした。なので、辞めて楽になるという選択肢がないからこそ辛かったです。

介護実習生との出会い

駄目介護士となった私を元に戻してくれたのは、介護実習生の存在です。

介護実習生は介護の理想を学んで施設にやってきます。なので、全ての主語に入居者様が入ります。私は職場の環境にブーブー言っている駄目介護士だったので、その学生の姿は光って見えました。

指導させて頂く中で、「自分も1年前まではこうだったな〜俺は何やってるんだろう?」と昔を思い出すようになりました。それと同時に、駄目な介護士になった私の姿を実習生に見せないようにと必死でした。

駄目介護士ではありましたが、実習生がいる間は一生懸命働いてた気がします。普段からそうしろよと思われるかもしれませんが・・・

今思うと、初めての指導だったのでここまで頑張れたのかもしれません。まだ、全てを忘れてなかったんだと思います。

ただ、駄目介護士を続けていると「忙しいのに指導なんか出来ない」と平気で思ってしまう職員になった可能性があるので、1年目での出会いで良かったと思います。

介護実習生の存在が私の目標【介護を伝える人】を思い出させてくれました。

慌てずじっくりと経験を積もう

この時の私は、偉そうに今の施設の評価ばかりしていました。

しかし、今の自分は何かを言えるだけの力(知識や技術)がないので、まずは経験を積もう!!と思いました。

この駄目な施設で通用しないのであればどこに行っても駄目なので、ここで必要とされる(認められる)職員になろうとも思いました。

この境地になってからは、施設の不満を言わない、可愛らしい新人に戻っていました(笑)

忙しくて、不満を言う暇が無くなったのだと思います。そして、何故か私に出世欲が生まれました。

介護施設で出世したい方はこちら

介護現場で出世する方法

2017.08.29

私に出世欲が生まれた理由

私は、性格的に人の上に立てるタイプではありません。ただ、私が駄目介護士の時、

”自分が変える”ではなく“他者(上司)に変えてもらう”という考えを持っていたからこそ、何も変わらなくて新たな不満が生まれていたのだと思います。

自分で変える努力をしないで不満ばかり言っている職員が多い施設は駄目なのだと思います。

出世というとマイナスなイメージがあると思いますが、私はいい介護士が施設の環境によってモチベーションが落ちてしまう事を防ぎたいので、色々な不満を解決できる人になりたいと思いました。

その為に、現場の声を聞く事が仕事である役職に就きたいと思うようになりました。これが、私に出世欲が生まれた理由だと思います。

私には、中学時代からの目標があった為、駄目介護士から更生出来ました。

ただ、介護実習生との出会いがなければ、何も考えず下を向き続ける介護士になっていたと思います。

私は目標の他にも、専門学校時代にも良い恩師に出会っています。この恩師からの教えがなければ、介護を語るベースが出来なかったと思います。

そんな恵まれた環境だった私でも、駄目介護士になってしまいました。そんな私を救い出してくれたきっかけは介護実習生でしたが、本来は介護主任等の役職者でなければならいと思います。

あの時の介護実習生様 本当にありがとうございました。

スキルアップには、委員会に入るのが一番!!

体育会系の施設だったこともあり、皆が嫌がる仕事(委員会業務)をやりたいと上司に伝えると、色々な委員会に入れてもらえました。

最終的には3つの委員会に入り、その中の2つは委員長、1つは副委員長となりました。兼務というやつです(笑)

委員会に入ると、様々な人から注意・指導を受ける機会が増えます。それを嫌だと思えば、その人の成長はそれまでだと考えていいと思います。

正直、5大介護はどの施設でも出来ます。ただ、その他の仕事は施設側(上層部)からの信用がなくては出来ません。そういった意味では、新人時代に委員長の経験が出来たのは、今の私の基盤を作ってくれたと思うので感謝ですね。

委員会については、委員会の必要性 をご覧ください。

怖いのは、もうやりたくない等といった発言をすると信用を失い降ろされる事でした。ミスに関しては、失敗は当たり前だと珍しくい良い事を言う施設だったので、救われてました。

介護歴10年の経験があっても委員会に入っていない(入れてもらえない)方が多かったです。見放されたという感じですかね。それも、今思うと緊張感があって、委員会の価値が上がっていいのかもしれません。ただ、時代には合ってないと思います。

居室担当者になって鍛えられた

殆どの介護施設には、居室担当者という仕事があると思います。

居室担当者とは、そのユニット、もしくはフロアの入居者様一人一人に担当介護士(受け持ち)をつけることです。例えば、〇〇様の担当者誰だっけ? ●●さんです。   という感じです。

私のフロアには30人の利用者様がいたので、最初は新人だった事もあり2人でした。しかし、次第に職員も減ってきて一番多い時は8人を受け持っていました。

居室担当の仕事は、簡単にいうと担当利用者様の代弁です。

担当利用者の居室内の物品管理をしたり、ニーズの把握、課題・問題の解決などです。通常業務と並行して行います。

居室担当者はケアマネとお話しすることが増えるので、とても勉強になります。そして、居室担当者は担当利用者の介護(ケア)に関する権限を持っているので、委員会と同様、報・連・相が鍛えられます。

様々な地獄を経験できた

仕事が忙しくて辞めようなどといった事を考える時間もなかったのですが、仲の良かった先輩職員達が退職していく現実を見てると、嫌でも意識してしまいます。ただ、今の私だと他の施設に行っても意味が無いと思っていたので、今の内にこれでもかというぐらい地獄を経験してから辞めようと考えていました。

私が経験した地獄はこちら

  • 人間関係
  • 職員不足
  • 駄目な上層部
  • プライベートが無くなるほどの仕事量

人間関係

専門学校で介護の理想だけを2年間学んできました。仕事が出来ないのに理想だけを口にしていたので、先輩職員に扱かれました。ただ、1年過ぎた頃には、私の技術もある程度追いついてきた事もあり理解してくれる先輩職員も増えて可愛がってもらえました。人間関係という意味では、今思うとそこまで地獄では無かったかもしれませんね。ただ、一回のミスがすぐに喫煙所で広まっていく環境は本当に嫌でした。

職員不足

職員不足は仕方がない問題ですが、上層部が親しい人にしか声をかけないような職場でしたので、それ以外の人は次々に辞めていきました。その為、あまりここでは書けませんが最大1●出勤の経験があります。そして、休みも返上で出勤していたので、満足に身体を休む事も出来ずずっと疲れてました。その時は、委員会業務をやっていた時なので、サービス残業のオンパレードです。

人がいない環境で、職員が入職してもすぐに辞めてしまう状態が続いてました。満足な指導とその人の声を聴く時間がなかったのだと思います。人が増えたと思ったら、辞めちゃったというのは精神的にキツイですね。

駄目な上層部

職員不足でも触れましたが、公私混同する上層部でしたので、そのグループに入れば安泰ですが、それ以外は疎外感があります。私は、上司からの仕事を断らず委員会にも入っていたので、可愛がってもらっていましたが、ご飯に行ったりなどの馴れ合いには参加しませんでした。反対に上層部と仲が悪い先輩職員達といつも遊んでました。今思うと、私が居た時に辞めていった先輩職員は本当に良い介護士でした。それを考えると介護の志が高い人には不向きな職場だったのだと思います。

プライベートが無くなるほどの仕事量

これに関しては、私自身が成長の為に望んだ結果なので自業自得なのですが、今の自分には出来ないと思う程の仕事量でした。いつも通常業務が終わってふらふらの状態で、委員会の仕事をしていました。

一番キツイのは、作成したものを上司にお見せする時です。もちろん、一発でOKはもらえず、お説教(指導)タイムの始まりです(笑)

これらを専門学校の同期達に話した時に、”他の施設の方が楽だよ” ”私には出来ない”という声が多かったので、ちょっと安心しました。こんな施設でも経験だけはしっかりと詰めたかなと自信が着いたのを覚えてます。

この時が、2年目が終わり3年目に入った頃でした。

辞めるきっかけは突然に〜

私が介護老人保健施設を希望したのは、「在宅復帰の過程に携わりたい」という理由でした。その目標が達成出来たのが3年目に入って11月の頃でした。これで、辞める理由は全て揃いました。あとはきっかけだけです。

そして、忘れもしない1通のメールが届きます。

目標を達成してから2週間後ぐらいに、専門学校の同期から連絡があり、お互いの近況報告も兼ねて会う事になりました。実際に会って話した内容は仕事の話オンリーです。真面目ですね(笑)

その真面目トークの中で、ユニットケアという言葉、そしてユニットリーダー研修の存在を知りました。それと同時に、同期の勤めている施設に興味が湧きました。

同期からの誘い次の目標が見つかった事もあり、今の施設を辞める決意をしました。

同期のおかげで、辞めるスイッチを押せたという事です。

最後に

私が今の施設に転職した理由は、ユニットケアの勉強をする為にユニットリーダー研修を受講する事でした。その目標は、運よく入社して半年後に達成出来ました。前、そして今の職場にも本当に感謝しています。自分のやりたい事を言葉、行動で伝えているのは自分の力ですが、それを実際に経験として与えてくれたのは職場です。前の職場の上司は、問題な点が多々ありましたが社会、そして介護施設の厳しさを教えて頂きました。そして今の職場では、私の足りない所を理解してくれ、私の成長に合わせて仕事を頂けています。

私は自分で言うのも変ですが、出会いと運に恵まれています。ただ、それを独り占めにするほど私も小さくないので、職場やこのブログを通して誰かに還元出来ればと思っています。

これまで私を救ってくれた・導いてくれた方への感謝の意味を込めて、私は、良い介護士を育て、守ります。